張りぼての土蔵
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この荒々しく補修した荒壁に何とも魅かれました。
栗原市内に登り窯を構えているとある作陶家のお宅で。

もともとは大壁だったようで、表面に塗っていた層が落ち、
太いコデ縄や竹の木舞がみえます。
屋根には丸太を裂いた板が載せられ。

張りぼてな感じにシビレます。
# by keitoratourism | 2015-11-29 13:57 | 世間遺産
袋橋
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迫川に架かる潜り橋の一つ、通称「袋橋(ふくろばし)」。
志波姫刈敷袋という地名にあります。
写真は北側から見た様子。

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同じ迫川に架かる「徳富橋」や「阿久戸橋」は、
『志波姫町史』に建設年月や総延長などが記載されていますが、
袋橋はなぜか記載がありません。
建設年月はもちろん、名称も分からないので、
橋の名前は地元の方々に聴いた通称。
単に「潜り橋」または「袋橋」とよばれているそうです。

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迫川に架かる潜り橋は、
比較的交通量が多くて、
徒歩で歩くには自動車の通行の妨げになり憚られます。
でも、袋橋は通る車も少なくて見学にはいいかも。

今は豊穣の大地といわれる栗原ですが、
もともとは「暴れ川」とよばれた迫川をはじめ、
水害が頻繁にあり、また、平地へいかに水を流して水田を作るか、
先人たちの苦労と工夫の結果として、現在の景観があります。

潜り橋は、水と地域の暮らしの関係を学ぶのに、
とても良いスポットです。

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現在の河川法が作られのは、昭和39年(1964年)だそう。
正式な名称や町史への記載がないのは
法施行前の建設なのか、もしくは何等かの事情があるのかも。

コンクリートの潜り橋は、建設当時は「永久橋」といわれたそうです。
ただ、これだけ自然災害を目の当たりにすると、
潜ってやり過ごす、ぐらいの心もちは程よいと感じますが、
「永久」とはちょっと傲慢な気がしますね。
# by keitoratourism | 2015-11-02 06:42 | 世間遺産
陣立
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刈り取った稲わらを天日干しする方法の一つ「陣立(じんだて)」。
先日のワラニオづくり体験の際、
達人にお願いして作ってもらいました。

本来は、刈り取ってすぐ、籾が水分を多く含んだ状態の稲わらで作ります。
この時は、ねじりほんにょでカラカラに乾燥した稲わらを使ったので、
自立させるのが難しかったようです。

『築館町史』を読むと、陣立は昭和に入って「棒掛け(ほんにょ)」が普及する以前の
天日干しの方法と書いてありました。

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一つ目の稲わらのサキを上に向けて、モトを下にして、
足を支えにしながら立て、
北西から吹き降ろす強い風が当たる方角に
籾のついた穂先を折りたたみます。

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さらに、1束ずつ稲わらを立てかけていき、
3束の穂先を重ねるように立てます。
4束が支えあう、絶妙なバランスです。

これを連なって作っていくそう。
何もなくても、何でもできる、
地方の人々のワザの真骨頂ですね。
# by keitoratourism | 2015-10-31 07:38 | 世間遺産
ギンギンなワラニオ
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棒掛けタイプのワラニオ。
短く刈った藁のようで、穂先が垂れないので、
藁がギンギンしてます。

ワラニオの「ニオ」は、「にお(堆)」のことで、
ほんにょ」の「にょ」は「にお(堆)」の発音が変化したものと推測しています。

「ニオ」は、稲だけではなく何かを積み上げる際に
「ニオにする」と用いられることもある言葉で、
地域によって発音が変わり、
「ニホ」、「ニュウ」や「ニョウ」とも言うようです。

国語辞典では、「稲堆(イナニオ)」という言葉が載っています。
古い文献を読むと、「ニホ」と記載されていたり「ニウ」と記載されていたり。

近ごろ、「ほんにょ」の語源を聴かれる機会が多く、
推測の範囲であり、諸説ある旨を伝えたうえで話しています。

年配の方々に話を聴くと、
意見や記憶は本当に皆さんさまざまで面白い。
でも、まだまだ分からないことばかり。
ワラいながら調べています。
# by keitoratourism | 2015-10-27 07:12 | 世間遺産
ワラニオ
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ワラニオ。
昭和30年代から40年代までは見られたそうですが、
僕らの世代はほとんど見たことがないシロモノ。

稲刈り後、籾をとったワラを積み重ねてつくる家のようなニオです。
ほんにょと同じ棒掛け(棒干し)タイプのワラニオは今でも見かけますが、
こちらのタイプは稀、というよりもまず見ません。

来年の春までワラを少しずつ抜き取りながら使っていくもので、
牛の飼料や敷き藁、荒縄綯いやあらゆる暮らしの場面で使うワラを
保管するためのワザ。
さらに、渋柿を入れて渋を抜いたり、納豆を作ったり、
ドブロクを隠したり…
子どもたちが上に乗って遊んだりもしたそうです。

作る場所は、田んぼだったり主屋の近くだったり。
田んぼの場所やワラ小屋や作業小屋の有無、
主な用途などで、地域や家によってさまざまな話を聴きます。

単純に積み上げているようですが、ワラの重ね方やまわりを固定するツナギ
屋根の部分の固定の仕方、「擬宝珠(ぎぼし)」に似せた天辺の作り方など、
ワラを扱うワザがギッシリと詰め込まれています。

今回作ったのは、僕が働いているくりはらツーリズムネットワーク
くりはら博覧会“らいん”2015秋」の一環で、
懐かしい農村景観「藁ニオづくり体験」という体験プログラムで。
有機農業を実践している栗原市有機の会の齋藤政憲会長の呼びかけで、
栗原市一迫高橋下地区の皆さんが、約50年ぶりに作ってくれました。

景観は、暮らしや産業の結果として生まれるもので、
ワラニオが見られなくなったのは、暮らしぶりが変化した結果。
でも、モノは無くなると同時に、
先人たちの知恵や工夫といったワザも消えていってしまいます。

無理にワラニオを復活させるということでも、
昔ながらの暮らしが一方的に優れているということでもなく、
記憶を記録として保存し、僅かでもワザに触れることで、
人間論的な価値が観えるのではないかと思っています。

体験できる機会に恵まれて幸せです☆

それにしても、ブログを書くのは久しぶり。
1年半も放置していたので、投稿の仕方をすっかり忘れていました (^^;)

【ワラニオの作り方】
# by keitoratourism | 2015-10-25 06:43 | 世間遺産